家族信託の手続き方法完全ガイド|流れ・費用・必要書類を網羅解説

高齢化が進む現代において、認知症による「資産凍結」は誰にでも起こりうる深刻なリスクです。その解決策として今、最も注目されているのが「家族信託」です。しかし、いざ始めようと思っても、「何から手をつければいいのか」「具体的な手続きの流れがわからない」と足踏みしてしまう方も少なくありません。

本記事では、家族信託の基礎知識から、全手続きのステップ、必要書類、そして誰もが気になる費用相場まで、どこよりも詳しく解説します。この記事を読めば、家族信託を成功させるための道筋がすべて明確になります。

目次

1. 家族信託とはどういうものか

家族信託(民事信託)を正しく理解するためには、まず「誰が何をする制度なのか」という基本的な仕組みを把握することが重要です。また、混同されやすい「成年後見制度」との違いについても解説します。

1-1. 認知症による資産凍結を防ぐ家族信託の役割

認知症を発症し、本人の判断能力が不十分であると判定されると、銀行口座からの預金引き出しや、不動産の売却、リフォーム契約などができなくなります。これが「資産凍結」です。たとえ同居する家族であっても、本人の代理としてこれらの行為を行うことは法的に制限されます。

家族信託は、本人が元気なうちに「財産の管理権」を信頼できる家族に移転しておく仕組みです。これにより、本人が将来認知症になったとしても、託された家族(受託者)の判断で、本人の生活費や介護費のために財産を動かすことが可能になります。

1-2. 成年後見制度とのコスト・柔軟性の比較

資産凍結対策として従来から存在する「成年後見制度」と「家族信託」には、実務上、大きな隔たりがあります。以下の比較表をご覧ください。

比較項目 成年後見制度 家族信託
目的 本人の権利保護(財産の維持) 本人の希望に沿った柔軟な管理・活用
管理の自由度 極めて低い(家庭裁判所の許可が必要な場合が多い) 高い(契約の範囲内で自由な運用が可能)
専門家への月額報酬 月額2万〜6万円程度(一生涯続く) 原則不要(依頼先による)
開始時期 判断能力が低下した後 判断能力がある元気なうち
相続対策 原則不可能 可能(遺言代わりの機能を持つ)

成年後見制度は「財産を減らさないこと」を重視するため、積極的な資産運用や、孫への教育資金贈与、自宅の売却による住み替えなどが困難です。一方、家族信託は、本人の老後のQOL(生活の質)を高めるための柔軟な財産活用が可能になる点が最大の利点です。

2. 手続きを自分でするか専門家に頼むかの判断基準

家族信託は法律上、自分たちだけで契約書を作成して進めることができます。しかし、実務上は「自分で完結させる」難易度が非常に高いのが現実です。

2-1. 自分でやるメリット:コンサル報酬の削減

専門家(司法書士、弁護士、税理士など)にコンサルティングを依頼すると、財産総額に応じて30万円〜100万円以上の報酬が発生することが一般的です。自分で手続きを行えば、この「コンサル報酬」をゼロに抑え、公証役場の手数料や税金などの実費(後述)だけで済ませることができます。

2-2. 自分でやるリスク

メリットがある反面、以下の大きなリスクが伴います。

  • 金融機関の審査: 預金を管理するための「信託口口座」を開設する際、銀行は契約書の内容を厳格に審査します。自作の契約書では、条項の不足や不備を指摘され、口座開設を拒否されるケースが多発しています。
  • 不動産手続きのリスク: 契約書の条項や、登記(信託目録)の内容に不備があると、想定した処分や管理ができなくなるリスクがあります。
  • 税務トラブル: 契約の組み方によって、信託した瞬間に多額の「贈与税」が課されたり、本人が亡くなった時に「登録免許税」が相続より数倍高額になる、債務控除が認められない、など家族が想定しない課税が発生する危険性があります。
  • 親族間の争い: 公平性を欠く内容や説明不足により、他の親族から「受託者が財産を私物化している」などと疑われ、訴訟に発展するリスクがあります。

したがって、「現金数千万円と不動産」といったケースでは専門家の介入が推奨されますが、「現金の管理のみ」で、かつ銀行が指定する雛形がある場合などは自力で進める余地があります。

3. 家族信託手続きの全体フロー:準備から運用開始まで

家族信託の手続きは、大きく分けて4つのフェーズで進行します。それぞれのステップで何をすべきか、実務的なポイントを解説します。

3-1. ステップ1:家族会議での目的設定と財産の特定

まず最初に行うべきは、当事者間での徹底した話し合いです。ここを疎かにすると、必ずと言っていいほど、後々のトラブルに繋がります。

  1. 目的の確定: 「親の介護費用を確保するため」「実家を空き家にしないため」など、何を達成したいかを決めます。
  2. 信託財産の選定: 預貯金のうちいくらを託すか、どの不動産を信託するかを決めます。生活に必要な分はあえて手元に残すことも検討します。
  3. 役割の決定: 財産を託す「委託者(親)」、管理する「受託者(子)」、利益を得る「受益者(親)」を決定します。さらに、受託者が倒れた場合の「予備的受託者」も決めておくと安心です(信託口口座開設の条件になる場合もあります)。

3-2. ステップ2:契約案の作成と公証役場での手続き

家族間の合意を「信託契約書」という法的文書にします。この際、単なる私的な文書ではなく、公証役場で「公正証書」にするのが一般的です。

  • 公証役場の役割: 公証人が「本人の意思」を確認します。公正証書には文書の成立について、高い証拠能力と証明力があります。
  • メリット: 公正証書の原本は公証役場に保管されるため、契約書の改ざんや紛失が防げます(再発行が可能です)。なお、銀行で「信託口口座」を開設する場合には、信託契約書が公正証書であることが要件であることがほとんどです。

3-3. ステップ3:法務局での不動産信託登記(名義変更)

不動産を信託する場合、法務局で登記手続きを行う必要があります。これは通常の売買による名義変更とは異なり、「信託を原因とする所有権移転および信託登記」という形式になります。

登記簿上、所有者は受託者の名義になりますが、同時に「信託目録」が作成され、受託者にはどのような権限があるのかなどが公示されます。「信託目録」の申請内容は申請者が作成することから、適切な「信託目録」の申請が不可欠となります。

3-4. ステップ4:金融機関での信託口口座開設と資金移動

受託者には預かった財産を分別管理する義務があります(受託者の私有財産と混同してはいけません)。「信託口口座」は信託されたお金を、受託者の財産と明確に切り離して分別管理する特別な口座で、開設できる金融機関は限られています。

口座開設には公証役場で作成した契約書の正本が必要で、多くの銀行では公正証書作成前から専門家の関与が必須となっています。口座が開設されたら、委託者(親)の個人口座から信託口口座へ現金を送金し、これをもって信託の効力に基づいた管理がスタートします。

4. 事前に準備すべき必要書類チェックリスト

手続きをスムーズに進めるためには、書類の不備をなくすことが重要です。以下のリストを参考に、事前に収集を進めましょう。

4-1. 委託者・受託者が用意する本人確認・印鑑証明

  • 印鑑証明書: 発行から3ヶ月以内のもの。
  • 実印: 公正証書作成時、および登記申請時に必要です。
  • 住民票: 全員の住所が確認できるもの。
  • 身分証明書: 運転免許証やマイナンバーカード(原本)。

4-2. 不動産が含まれる場合に必須となる権利証と評価証明書

  • 登記済証または登記識別情報通知: 不動産の「権利証」です。名義変更の際に法務局へ提出します。
  • 固定資産税評価証明書: 登録免許税を計算するために、最新年度のものが必要です。各市区町村の役所で取得します。
  • 登記事項証明書: 土地・建物の現在の状態を確認するために必要です(法務局で取得)。

4-3. 親族関係を証明するための戸籍謄本一式

  • 戸籍謄本: 委託者と受託者が親子であること、受益者が本人であることを証明するために必要です。
  • 除籍謄本・改正原戸籍: 相続対策を含める場合、将来の相続人を特定するために「遡った戸籍」が必要になることがあります。

5. 家族信託にかかる費用の総額と内訳

家族信託の費用は、「誰がやってもかかる実費」と「専門家への報酬」に分けられます。

5-1. 公証人手数料や登録免許税などの「必ずかかる実費」

  • 公証人手数料: 信託する財産の評価額などにより変動します。3万円〜10万円前後が目安です。
  • 登録免許税: 不動産を信託する場合にかかります。
    • 土地:固定資産税評価額の0.3%
    • 建物:固定資産税評価額の0.4%

    例:評価額2,000万円の土地、1,000万円の建物=(6万円+4万円=)10万円

5-2. 専門家(司法書士・弁護士等)へ依頼した場合の報酬相場

多くの事務所では「信託財産の1%程度(最低30万円~)」、をコンサルティング報酬として設定しています。
・信託財産5,000万円の場合:50万円〜
・信託財産1億円の場合:100万円〜
契約書の作成(10〜15万円程度)、司法書士への信託登記申請の報酬(10〜15万円程度)は別途となることが多いといえます。

6. 手続きに関わる税金(贈与税・相続税)の注意点

家族信託で最も注意すべきは「税務」です。特に「自益信託」と「他益信託」の違いを知っておかなければなりません。

6-1. 受益権の移転に伴う贈与税発生の仕組み

  • 自益信託(贈与税なし): 委託者(親)=受益者(親)の形式。財産の管理・処分権は子に移りますが、利益を受ける権利は親のままなので、贈与税はかかりません。日本の家族信託の多くがこの形式です。
  • 他益信託(贈与税あり): 委託者(親)/受益者(子など)の形式。「親から子へ財産の価値を贈与した」とみなされ、贈与税が課されます。

7. 信頼できる相談先・専門家を見極めるポイント

家族信託は比較的新しい制度のため、専門家によって知識レベルに大きな差があります。依頼先を選ぶ際は以下の点を確認してください。

7-1. 実績と金融機関との連携体制を確認する

  • 組成実績の数: 過去に何件の信託契約の組成に関わっているか、は一つの判断基準となります。過半数の士業(司法書士・行政書士など)は1件も組成したことがないと考えられます。一概には言えませんが、信頼できる実績としては、「数十件の相談件数に加え、10件以上の組成」が目安としてよく言われています。
  • 銀行と調整実績: 「どの銀行ならスムーズに開設できるか」という最新の情報を持っているか。特に「信託口口座の開設まで導いた実績」があるかは重要です。

8. まとめ:後悔しない家族信託の手続きに向けて

家族信託の手続きは、形式的な書類作成以上に「家族の思い」を形にする作業です。
・親が元気なうちに話し合いを始めること
・目的に応じた適切な財産を選定すること
・リスクを避けるために公正証書を作成すること
この3点を守れば、家族信託はあなたの家庭にとって最強の財産管理ツールとなります。

資産凍結というリスクが現実になる前に、まずは最初の一歩として、家族会議を開くことから始めてみてください。この記事が、あなたの家族の安心な未来を作る助けになれば幸いです。


【補足】さらに詳しく知りたい方へのQ&A

Q1:認知症になってからでも家族信託はできますか?
A:原則としてできません。信託は「契約」であるため、本人に高度な判断能力(契約内容を理解し、判断する力)があることが前提です。判断能力が不十分な場合は、成年後見制度の利用を検討することになります。

Q2:信託口口座はどこの銀行でも作れますか?
A:いいえ。信託口口座を取り扱っている金融機関はまだ限られています。三井住友信託銀行や一部の地方銀行、信用金庫などが対応していますが、条件(専門家が監修していること等)がある場合がほとんどです。事前に確認が必要です。

Q3:受託者(子)が先に亡くなってしまったらどうなりますか?
A:契約書で「後継受託者(予備的受託者)」を決めておけば、その人が引き継ぎます。もし決めていなかった場合は、裁判所の手続きにより新たな受託者を選任することになり、手間と時間がかかります。必ず予備の受託者を設定しておきましょう。

この記事の執筆・監修者
山岡 亮平

山岡 亮平(Yamaoka Ryohei)

綴り葉司法書士事務所 代表 / 家族信託専門士
司法書士として、身近な友人の「親が認知症になり実家が売れない」という相談を救えなかった後悔を原点に、生前対策に特化。中立的な専門家として「家族の合意形成」を支えることを信念としている。横浜市青葉区を拠点に、ご家族が「安心」して人生を送るための土台作りをサポート中。

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