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「もし自分が認知症になったら、銀行口座はどうなるんだろう…」「実家の不動産を売却できなくなったら困るな…」
高齢化が進む日本で、多くの方がこのような不安を抱えています。認知症などにより判断能力が低下すると、ご自身の銀行口座が凍結されたり、不動産の売却や賃貸契約ができなくなったりする「資産凍結」のリスクが現実のものとなります。
この資産凍結への強力な対策として注目されているのが「家族信託」と「任意後見制度」です。
しかし、名前は聞いたことがあっても、「具体的に何が違うの?」「自分にはどっちが合っているの?」と悩む方も少なくありません。
この記事を読めば、司法書士としての豊富な実務経験に基づき、以下の点がすべて明確になります。
将来のお金と暮らしの安心のために、最適な備えを一緒に見つけていきましょう。
まずは、両制度の全体像がわかる簡単な比較表をご覧ください。
| 比較項目 | 家族信託 | 任意後見制度 |
|---|---|---|
| 主な目的 | 柔軟な財産管理・承継 | 財産管理 + 身上監護 |
| 財産管理 | 積極的な運用・処分も可能 | 契約で定めた範囲内(慎重な運用が求められる) |
| 身上監護 | できない | できる |
| 監督者 | 任意(監督人設置可) | 家庭裁判所が選任 |
| 効力発生 | 契約後すぐ〜設定自由 | 判断能力低下後 |
違いを理解する前に、まずはそれぞれの制度が「どのようなものか」を正しく知ることが大切です。
家族信託とは、信頼できる家族に自分の財産の管理や処分を託すための「財産管理のオーダーメイド契約」です。
認知症による資産凍結を防ぐ目的で利用されることが多く、契約内容を自由に設計できる柔軟性の高さが最大の特徴です。
登場人物

家族信託には多くのメリットがある一方、注意すべきデメリットも存在します。より詳しくは、家族信託のメリット・デメリットを徹底解説した記事もあわせてご覧ください。
任意後見制度とは、将来、判断能力が不十分になった場合に備えて、あらかじめ自分で選んだ代理人(任意後見人)に、財産管理や身上監護に関する事務について代理権を与える契約(任意後見契約)を、公正証書によって結んでおく制度です(任意後見契約に関する法律第3条)。
家庭裁判所が選任した「任意後見監督人」の監督のもとで、本人の意思を尊重した支援が行われます。
登場人物
任意後見とよく似た制度に「法定後見制度」があります。この二つの決定的な違いは「タイミング」と「誰が後見人を選ぶか」です。
「法定後見では親族が後見人に選ばれにくい」と聞くことがあるかもしれません。実際に司法統計では、専門職(弁護士・司法書士など)が後見人に選任される割合は約8割に上ります。しかし、これは「家庭裁判所が親族を退けるから」ではなく、「そもそも申立ての段階で親族を後見人候補者としないケースが多いから」です。後見人を引き受けてくれる親族がいるかどうかや、法定相続人の全員が了解しているかなどが、より本質的な問題と言えるでしょう。
それぞれの制度の基本を理解したところで、次はその「違い」と「共通点」を詳しく見ていきましょう。
そもそも、なぜこの2つの制度が比較されるのでしょうか。それは、目的や利用の前提に共通点があるからです。
| 比較項目 | 家族信託 | 任意後見制度 | 備考 |
|---|---|---|---|
| ① 目的 | 柔軟な財産管理・承継 | 財産管理 + 身上監護 | 目的の広さが違う |
| ② 効力発生時期 | 契約時からなど自由に設定可 | 判断能力低下後 | すぐに始めたいなら家族信託 |
| ③ 財産管理の権限 | 契約内容に基づき広範・柔軟 | 契約の代理権目録の範囲内で限定的 | 積極的な資産活用は家族信託が有利 |
| ④ 身上監護 | できない | できる | 最大の違い |
| ⑤ 監督者の有無 | 任意(信託監督人を設置可) | 必須(家庭裁判所が選任) | 公的関与の度合いが違う |
| ⑥ 身上への配慮義務 | 規定なし(ただし重い受託者責任あり) | あり(法律で明記) | 任意後見契約に関する法律第6条 |
| ⑦ 契約の形式 | 私文書でも可(公正証書推奨) | 必ず公正証書で作成 | 任意後見契約に関する法律第3条 |
| ⑧ 初期費用 | 比較的高額(専門家報酬、登記費用等) | 比較的安価(公証人手数料等) | 信託財産による |
| ⑨ 継続費用 | 原則なし(受託者への報酬は任意) | あり(監督人への報酬) | ランニングコストは任意後見が高い |
受託者が行えるのは、あくまで信託契約で定められた財産の管理・処分のみです。一方で、任意後見人は本人の代理人として、介護サービスの契約や入院手続きなど、本人の生活を守るための法律行為(身上監護)を行えます。
家族信託では、契約内容次第で不動産の売却やアパート建築といった積極的な資産活用が可能です。一方、任意後見制度は本人の財産を「保護」することが主目的のため、契約内容の範囲内であっても慎重な運用が求められます。
比較表の通り、任意後見人には本人の意思を尊重し、その心身の状態や生活状況に配慮すべき「身上配慮義務」が法律で定められています(任意後見契約に関する法律第6条)。一方、家族信託の受託者にはこの特定の規定はありませんが、受益者のために行動する「善管注意義務(信託法第29条)」や「忠実義務(同法第30条)」という極めて重い法的責任を負っており、実質的に本人の生活状況に配慮した財産管理が求められます。
読者が最も混乱しやすい不動産売却の権限について、下の表で整理します。
| 比較項目 | 家族信託 | 任意後見制度 | 法定後見制度 |
|---|---|---|---|
| 権限の根拠 | 信託契約書 | 任意後見契約書の代理権目録 | 法律(民法) |
| 不動産売却の可否 | 契約書に定めがあれば可能 | 代理権目録に定めがあれば可能 | 可能 |
| 家庭裁判所の許可 | 不要 | 不要 | 居住用不動産は必須 |
| 実務上のポイント | 契約に基づき迅速・柔軟な売却が可能 | 監督人が売却の必要性・妥当性を厳しくチェック | 裁判所の許可プロセスに数ヶ月を要する場合あり |
任意後見制度では、任意後見監督人を通じて家庭裁判所が間接的に監督を行いますが、家族信託はあくまで私的な契約のため、裁判所は直接関与しません。自由度が高い反面、すべてが当事者の自己責任となります。
「結局、自分にはどちらの制度がいいの?」という疑問にお答えします。
START: 認知症に備えたい
↓
Q1. 身上監護も任せたい?
Q2. 積極的な財産活用もしたい?
財産管理、特に不動産などの積極的な活用やスムーズな承継を重視する方におすすめです。
ケーススタディ①:施設入所後の実家の管理や売却が心配
一人暮らしのAさん(80歳)は、将来老人ホームへの入所を考えています。その際、入所費用を捻出するために実家を売却したいのですが、認知症になってしまうと売却できなくなると聞き、不安に思っています。
→ 子どもを受託者とする家族信託契約を結んでおけば、Aさんの判断能力が低下した後でも、子どもがAさんのために実家を管理したり、売却したりできます。
ケーススタディ②:アパート経営など積極的な資産活用を続けたい
Bさん(75歳)は複数の賃貸アパートを所有。将来、自分が認知症になった後も、長男に大規模修繕や新規の賃貸借契約などを滞りなく進めてほしいと考えています。
→ 任意後見では対応が難しいため、家族信託が最適です。
ケーススタディ③:自分の死後、財産の承継先まで決めておきたい
Cさん(80歳)には、障がいのある長女がいます。自分の死後、遺産をすべて妻に残し、妻の死後は長女の生活のために財産が使われるようにしたいと考えています。
→ 二次相続以降の指定ができるのは家族信託だけです。
身の回りの契約手続きなど、生活全般のサポートを重視する方におすすめです。
ケーススタディ④:頼れる親族が近くにおらず、生活全般のサポートが必要
Eさん(82歳)は一人暮らしで、子どもは海外に住んでいます。将来、判断能力が衰えた時に、施設の入所手続きや行政手続きなどを信頼できる知人にお願いしたいと考えています。
→ 身上監護ができる任意後見制度が最適です。
ケーススタディ⑤:詐欺などから本人を保護する役割を重視したい
Dさん(78歳)の親族は、Dさんが悪質な訪問販売のターゲットにならないか心配しています。任意後見人には悪質商法などの契約に対する「取消権」はありませんが、契約内容をチェックし、消費者センターに相談するなどして本人を保護する役割が期待できます。
→ 公的な監督下にある任意後見制度が安心です。
実は、この2つの制度は併用することが可能です。併用することで、お互いのデメリットを補い合い、財産管理と身上監護の両面で万全の対策を講じることができます。
このように役割分担をすることで、まさに「鬼に金棒」の盤石な対策が実現します。
ケーススタディ②のBさんのように、アパート経営を続けたいが、身寄りが少なく身上監護にも不安がある、といった場合に併用は非常に有効です。
制度の設計や契約書の作成には、高度な専門知識が要求されます。専門家選びの失敗が、将来の大きなトラブルにつながることも少なくありません。
失敗例①:契約内容が曖昧で、いざという時に機能しなかった
インターネットの雛形を参考に自作した信託契約書。いざ不動産を売却しようとしたら、必要な権限が明記されておらず、銀行や司法書士から手続きを断られてしまった。
対策:必ず家族信託に精通した専門家に相談し、将来起こりうる事態を想定した、オーダーメイドの契約書を作成してもらいましょう。
失敗例②:専門家選びを間違えて、高額な費用がかかってしまった
経験の浅い専門家に依頼したため、手続きに時間がかかり、不要なオプションを付けられて想定外の高額な報酬を請求された。
対策:複数の専門家から相見積もりを取り、費用内訳や実績をしっかり確認しましょう。「家族信託専門」など、専門性を謳っている事務所に相談するのが近道です。
家族信託を相談できる専門家には司法書士、弁護士、行政書士などがいますが、それぞれに得意分野があります。家族信託はどこに頼むのがいいか解説した記事を参考に、ご自身の状況に合った専門家を選びましょう。
最後に、この記事の要点をまとめます。
最も大切なことは、ご自身の判断能力がしっかりしているうちに、専門家に相談し、準備を始めることです。「まだ大丈夫」と思っている「今」が、まさに行動すべき最適なタイミングです。
この記事が、あなたの将来の安心への第一歩となれば幸いです。まずは一度、専門家の無料相談などを活用し、ご自身の状況や希望を話してみてはいかがでしょうか。